安重根の東洋平和論とほかの平和論の違いは? [2009/11/09 11:01:31]
「安重根(アン・ジュングン)の東洋平和論は、ほかの平和論とはどのような違いがありますか」「安重根を義士ではなく将軍と呼ぶのはどうでしょうか」「安重根義士は書道もなかなかの腕前でしたが、誰に師事したのですか」 ソウル芸術の殿堂内にある書芸博物館4階の文化サランバン…
伊藤博文を撃ったのは安重根ではない!?(下) [2009/11/08 11:57:15]
この説について、崔院長は「根拠のないねつ造だ」と語った。室田は伊藤の体に命中した銃弾が何なのか、直接確認することはできなかったという。事件の後、ロシアは解剖を提案したが日本は、「伊藤公の体にメスを入れるのか」と拒み、遺体を列車に乗せてハルビン駅を離れた。 …
伊藤に随行した室田義文が触発銃弾の種類・弾道に関する無理な主張「幼弱な朝鮮人がどうして銃撃などできただろうか…」という軽視が根底に 日本では、1909年10月26日にハルビン駅で射殺された伊藤博文は安重根(アン・ジュングン)ではなく、第3者によって銃撃された、という主張…
韓国の動物園100年史(上) [2009/10/31 16:40:22]
1909年11月1日。モーニングに白のミルキーハット姿の30代中盤の男性が昌慶苑に姿を現した。大韓帝国最後の皇帝、純宗だ。この日は昌慶宮の殿閣を取り壊して新たに造成された動物園と植物園の開園式が執り行われ、純宗はその行事に出席するため、同地を訪れた。昌慶宮正門の弘…
【コラム】安重根が残した言葉(上) [2009/10/31 11:00:25]
韓国社会が安重根(アン・ジュングン)という人物についてまともに知り始めたのは1970年代からだ。日帝による韓国侵略の元凶、伊藤博文を暗殺した安重根の名前は早くから知られていたが、彼に関する本格的な研究は、ソウル・南山に記念館や銅像が建てられたのを機に始まった。「安…
安重根(アン・ジュングン)が伊藤博文を暗殺してから100年を迎える日の前日に当たる今月25日、中国遼寧省大連市旅順口区にある旧旅順監獄は、多くの人たちで足の踏み場もないほどごった返していた。週末に合わせ、体験学習のため訪れた中国の中・高校生や大学生数百人が、長蛇の…
安重根のひ孫が来韓 [2009/10/26 15:53:39]
「あちこちに掲げられている曽祖父の肖像画や手形、イラストなどを目にして、胸が込み上げてくる」 安重根(アン・ジュングン)が伊藤博文を暗殺してから今月で100年を迎えるのに合わせ、安重根のひ孫のトニー・アンさん(46)=韓国名:アン・ボヨン=が来韓した。国家報勲処(国家功労者を礼…
だが、安重根の構想の中で芽生えた「東アジア共同体論」は、100年の月日が流れた今なお実現できていない。韓中日共同歴史教科書の編さん、自由貿易協定(FTA)締結などが今ようやく第一歩を踏み出したことを考えると、安重根の歴史を見通す視野の広さと時代を先取りする先見性には…
10月26日は安重根(アン・ジュングン)が中国ハルビンで、朝鮮侵略の元凶・伊藤博文を狙撃してからちょうど100年目に当たる日だ。1909年10月26日午前9時、安重根がハルビン駅で放った6発の銃弾は、1905年の乙巳勒約(日本では「第2次日韓協約」と呼ぶ)、1907年の丁未7条約と軍隊解散…
【新刊】松本健一著、吉川凪訳『日本右翼思想の起源と終焉(しゅうえん)』(文学と知性社) 「第2次世界大戦以前の日本を右翼が支配していた、という説がある。思うに、これは戦後民主主義が創造した神話だ。支配階級はリベラルで、彼らは日本帝国主義の意向により、右翼をたびたび利…
日本カント協会の会長を務める牧野教授は、安重根の「東洋平和論」とカントの「永久平和論」の関係に注目した。牧野教授によると、二人は▲武力によって真の平和を実現することは不可能なことを見抜き、▲平和の実現のためには、国家が道徳的な人間を育成しなければならないと…
「テロリストは安重根ではなく伊藤博文」(上) [2009/10/24 16:59:42]
ハルビン義挙100周年「安重根の生涯と夢」学術会議開催「思想家・安重根」に再照明 「安重根(アン・ジュングン)はテロリストではない。むしろ、日本帝国主義の韓国侵略を主導した伊藤博文をはじめとする日本政府の要人や軍人こそがテロリストだ。安重根は、これら日本のテロリス…
【コラム】ハルビン駅の三角形と四角形(上) [2009/10/24 15:20:36]
今月18日午前8時45分、中国・北京行きの列車に乗り込む乗客は、床に四角と三角の印が描かれた地点を、気にも止めず通り過ぎた。ハルビン駅の1番プラットホームには、白のスリムな特別列車「和諧号」が停車しており、人々は青いコートを着た美人乗務員の横を通り過ぎ、慌しく列…
安重根をたたえる「手形」 [2009/10/24 12:36:49]
忠清南道天安市の独立記念館「同胞の庭」で23日、見学に訪れた生徒や市民らが大きな布に手形を押していた。これは、1909年10月26日に安重根(アン・ジュングン)がハルビンで伊藤博文・韓国統監府初代統監を狙撃してから100周年を迎えるにあたり、企画されたイベントだ。市民たち…
安重根の遺墨3点、100年ぶりに故国へ [2009/10/09 14:50:19]
日本に残る安重根(アン・ジュングン)=1879-1910=の遺墨3点が、100年ぶりに故国の地を踏んだ。 本紙、芸術の殿堂、安重根義士崇募会がハルビンでの義挙と殉国100年を記念し、今月26日から安重根遺墨展『独立を超えて平和へ-安重根義士、旅順獄中最後の5カ月の筆墨吐露』を開催する。…
























